絵本・児童文学研究センター正会員月間レポート賞:2013年9月正会員ゼミ「いま読む新美南吉ー生誕100年に寄せて」 講師工藤左千夫

Date: 14/05/14 | Category: Essay, レポート | コメント »

NPO法人絵本・児童文学研究センターの2013年9月正会員ゼミ「いま読む新美南吉-生誕100年に寄せて」 講師工藤左千夫>のレポートで、正会員月間レポート賞をいただきました。お読みいただけるとうれしいです。

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私は新美南吉の作品に大人になってから出会った。『でんでんむしのかなしみ』、『ごん狐』、『おじいさんのランプ』、『手袋を買いに』、『花のき村と盗人たち』、『正坊とクロ』、『張紅倫』など、30歳になった頃から愛読している。

手毬歌かなしきことを美しく

南吉の童話を読むたびに高浜虚子のこの一句が思い出される。人生の不条理や人間のもつ根源的な悲しみが物語の中で炙り出されたのち、しんしんと心に沁みる。そして、子ども達の歌声が手毬歌のかなしさを昇華するかのように心が澄みわたる。

20年程前、田無市(現・西東京市)の教職員組合主催の勉強会で藤田のぼる氏の講演を聴講したことがある。そこでは氏の『麦畑になれなかった屋根たち』という絵本にまつわるエピソードや歴史的背景が語られた。第二次世界大戦中、B29による空襲を避けるため、中島飛行機工場に1000人ものペンキ屋の職人達が集められ一日で広い工場の屋根を麦畑に塗りかえたことがあった。最新鋭の技術を駆使した大型爆撃機に対する必死の努力であったが、アメリカ側は武蔵野郊外にある工場の位置を正確に把握しており、すべてが無駄に終わってしまったのであった。

戦争という歴史の不条理と異常事態の中で、はかない努力を強いられた人間の姿を語り、絵本を生み出した氏は童話作家である南吉を語るにふさわしい人物であり、実際、日本児童文学者協会で南吉の著作権を守ってきた人物でもある。

今回の講義で南吉の作品に改変、補筆、改ざんが加えられていたことを知らされた。南吉の作品が死後、巽聖歌に託されたことにより、聖歌による改ざん、加筆、修正がくり返されており、また、現在の国語教科書のすべてに掲載されている『ごん狐』に関しても、原作『権狐』が「赤い鳥」(1932年1月号)に掲載されるに当たって、鈴木三重吉による改題、改変、補筆がなされている。

講義の中で、原作である『権狐』と改変、補筆後の『ごん狐』が読み比べられたが、原作よりも改変、補筆後の『ごん狐』の方がはるかに完成度が高く感じられた。しかし、三重吉の改変、補筆の手が入ったとしても、物語の骨子は南吉オリジナルのものである。南吉童話の愛読者の贔屓目かもしれないが、三重吉本人の作品が過去のものとなってしまい、南吉の作品が死後100年を経た今の子ども達に読み継がれていることを思えば、童話作家としての力量や才能は南吉に軍配が上がるのではないか。一方、巽聖歌による改ざんに関しては、聖歌の没後、問題視されるようになり、原作が再調査され全集の校訂版が刊行されている。

死後50年で著作財産権が消滅した後も作品がゆがめて扱われないように著作人格権を守る活動が、新美南吉の会(日本児童文学者協会)によってなされてきたが、生誕100年目を迎え、その著作権継承者名義が南吉の生まれ故郷の半田市に移譲されたことが報告された。南吉の作品がこれから後も汚されることなく守られていくことを心から願いたい。

講義の最後に今の子ども達の心に届くであろう作品として『屁』が取り上げられた。南吉の少年物語にくり返し登場する久助君、徳一君ではなく、春吉君が主人公、放屁をくり返し、級友たちからからかいの対象となっている石太郎君がサブの主人公として登場する作品である。石太郎だけでなく、人間誰しも放屁をする。自分がうっかりしてしまった放屁を隠し通し、石太郎のせいにしてしまった春吉。子ども達が教室でくり広げる些細なエピソードの中で、人間の持つ心の暗部がさり気なく炙り出された作品である。南吉の少年物語は自らの教員体験に基づいているからであろうか、教室での出来事が具体性に富み、子ども達の心の動きが生き生きと描かれている。テレビゲームやネットの世界に早い時期から没頭する今の少年たちの心に届けたい作品である。

リアルな世界での実体験が乏しいまま、ゲームやネットのバーチャルな世界に没頭する青少年のネット依存の遠因には幼い頃の読書体験の乏しさがあるのではないだろうか。ブックスタートや絵本の読み聞かせ、そして、朝の読書運動など、子ども達がネットに過度に依存しないための対策として推奨したい。新美南吉生誕100年を記念して、教科書掲載の作品だけでなく、もっと多くの南吉の作品を子ども達の心に届けたいと思った。

(文責:吉村眞由美 NPO法人絵本・児童文学研究センター児童図書相談士1級)

 



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