絵本・児童文学研究センター正会員月間レポート賞:2013年1月正会員ゼミ「物語の行方」 対談:松本徹&工藤左千夫

Date: 14/05/14 | Category: Essay, レポート | コメント »

絵本・児童文学研究センター正会員月間レポート賞:2013年1月正会員ゼミ「物語の行方」対談 松本徹&工藤左千夫のレポートで、正会員月間レポート賞をいただきました。お読みいただけるとうれしいです。

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対談の冒頭で、紙の本は生き残れるか?という問題が投げかけられ、松本徹氏によって、桂川潤著『本は物である 装丁という仕事』(新曜社)が紹介された。松本氏は、電子書籍は便利、紙の本は味わい深いというだけでは生き残れないという。紙の本ができるまでにさまざまな工程があり、それぞれが産業として成立している現在、それらの産業の死活問題でもある。紙の本の製作者それぞれが本気で腹をくくる、覚悟が必要な時が来ていると。

続いて、それぞれの紙の本は作品が完成するまでに作家の、画家の、翻訳者の、出版社それぞれの決意や覚悟が存在していることが述べられた。角野栄子の「魔女シリーズ」全6巻では、主人公の成長物語として書こうという決意、(伊藤遊著)『えんの松原』では、子ども達のための物語を腰を据えて書き続けるという決意、絵本『きつね女房』のイラストが水彩から油彩にかわり、画家が納得するまで描き続け、出版が一年延びたなど、編集者という立場でしか見ること、知ることのできないエピソードであった。「ちびくろサンボ」の絶版の問題も「差別」について考える材料として残されているが、アパルトヘイトに反対の立場を表明して『カマキリと月』を出版したラヴァン・プレスの出版社としての覚悟は、読者の立場では知りえなかった、まさに命を懸けの覚悟だ。決意や覚悟のもとに生み出された本には読者もそれなりの覚悟で向き合わなければならない。それぞれの作品の新たな存在価値を知らされ、読者として背筋が正されるような思いを味わった。

対談の最後で、電脳化・電子化社会における大人の自覚と決意が問われ、大人が児童文学を感じ、理解し、感動し、子どもに伝えるべきではないか? という読書運動家である工藤先生と編集者である松本氏の共通の問題提起に深く共感を覚えた。

冒頭で紹介された『本は物である 装丁という仕事』を読み、「『テクストのみ』の電子ブックに対し、『物である本』はテクストのみならず、豊かなコンテクストを伴っている。装丁という仕事は、要はテクストに“身体性(物質性)”というコンテクストを与えていく作業といっていい。装丁のみならず、編集や書籍販売など本に関わるすべての仕事も、突き詰めればテクストにコンテクストを付与する作業、といって過言ではないだろう。テクスト(text)とコンテクスト(context) この対照的な二つの概念は、電子ブックを『物である本』の関係を考える上で、欠かすことのできないキーコンセプトとなるように思う」という件が心に残った。電子ブック問題は「身体喪失」の危機を孕んでいるという松本氏の見解にも重なり、「生きたコンテクスト」を編集し、装丁していく出版関連産業の存在を見守っていきたいという思いを強くした。

また、続いて読んだ『センダックの絵本論』(岩波書店)の中で、子どものころ、センダックが初めて本を手にしたときのエピソードが述べられている。「はじめて手に入れた本物の本は、姉が買ってくれた『王子と乞食』でした。・・・まず最初にやったのは、それをテーブルの上に立てて、まじまじと見つめることでした。マーク・トウェインに感銘を受けたからではありません。ただただ、ものとしてとても美しかったからです。それから匂いを嗅ぎました。・・・いい匂いがしたというだけでなく表紙もつやつやしていました。ラミネート加工をしてあったのです。私はそれをはじいてみました。すると、とてもがっちりとしているのがわかりました。私はそれを噛んでみたことを覚えています。」続いて、本作りに関して、「私は子どもたちが本で遊び、本を抱き締め、本の匂いを嗅いでいるのを見てきましたが、それを見れば本作りに心をこめなくてはならないのは明らかです。」(pp.183-4)と述べている。絵本作家としての覚悟や決意の源が幼いころの自分と本の関わりにあることが述べられているが、文字やことばを多く知らない子どもたちにとって、本は何よりも「もの」として存在することがうかがい知れる印象的なエピソードであろう。

今回のゼミでは、子どもの本の行方の伏線として電子書籍化の行方が語られ、時を得た内容であった。いじめや体罰問題を皮切りに、ネット社会の問題性など、子ども達の心身の危機が叫ばれている時代であるからこそ、「もの」である本、身体性を伴った本が子どもたちには必要とされているのではないか。「もの」である本の良書の存在を守っていきたい、そういう決意を心に固く抱いていきたいと思った。

(文責:吉村眞由美 NPO法人絵本・児童文学研究センター児童図書相談士1級)

 



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